お茶(茶道)について「知・聞・感・楽」

Story no.5

茶の湯の歴史や茶道系譜

2014.09.18

詳細は歴史に詳しい方や好きな方にお聞き戴きたいですが、日本の歴史を変えた、社会の在り方を変えた、とも言われる室町時代の「応仁の乱」。その渦中の中心人物は、足利家8代将軍義政で、その世継ぎ争いに端を発しています。その義政が、茶道(お茶)とも深く関わりを持っているのです。彼のせいで日本中が大混乱になったにもかかわらず、彼は連歌や茶の湯に情熱を注ぎ、能阿弥や村田珠光(じゅこう:室町時代中期の茶匠で、侘び茶の創始者とも言われる)を重用し、新しい茶の湯を作りあげたと言います。

珠光には多くの弟子がおりますが、さらに孫弟子には、武将も含め、茶の三宗匠と言われる今井宗久や津田宗及、千利休らを育てた武野紹?(たけのじょうおう)がいます。

余談ですが、織田信長も珠光の孫弟子になるようです。信長は茶の湯を政治に利用し、今井、津田、千を茶頭に召し抱えました。そして名物とされる茶道具を集め、盛大に茶会を催しました。部下へ褒美・恩賞として一国(領地)の代わりに茶入を与えたとも言われます。本能寺でも茶会を開き、その翌朝に明智光秀に討たれたのです。本能寺の茶会も名物が欲しいためだったと言う説もあります。

千利休には勿論沢山の弟子がいます。息子の道安、養子の少庵をはじめ、秀吉、織田有楽、蒲生氏郷、古田織部、高山右近、等々。日本の歴史や茶の歴史で有名な方々です。

古田織部は徳川秀忠や小堀遠州などに茶の湯を指導しました。指導を受けた人たちは、更に研究を重ね、様々な流派が生まれていくのです。

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Japanese HIRO

PROFILE

Japanese HIRO()
元矢板市職員、会計管理者で定年退職。今、矢板市商工会職員で残り少々。
体育会系で、汗をかくスポーツ大好きですが、年々体力は減衰。スキー、野球(ソフトボール)、陸上競技(投てき。中学時代は長距離系で県大会にも出場)、学生時代に馬術をちょっと。
文科系の趣味も少々。木版画で年賀を毎年手作りし30年。音楽は抒情系、癒し系が好き。浮世絵や日本画、京都、奈良、文化財等の鑑賞も好き。
アルコールも種類問わず好き。でも今は…。
B型の故か、集中するけど飽きっぽい。
何事も「ヤルなら楽しく」がモットー。

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