お酒に隠された秘密をとき明かします

Story no.10

日本酒はこうして造られる。日本酒入門 第2回

2015.4.19

前回の日本酒入門第1回では仕込が始まるまでを説明しました。今回はその続きになります。
仕込みは7000〜8000リットルの容量のタンクに「もと」(漢字一字だと偏が酉、つくりが元と書きます。当用漢字ではないので「もと」と表記します。)と麹、蒸米、水を3回に分けて行います。麹で繁殖している麹菌は蒸米のデンプンを糖に分解する働きをします。デンプンは実は糖が幾つか結びついて出来ているのです。デンプンが分解された糖を「もと」に多量に含まれている単細胞生物である酵母という微生物がその体内に取り込み消化すると糖がアルコールに変わります。また、酵母は細胞分裂によって増殖してゆきます。酵母が糖を取り込み消化する過程で同時に炭酸ガスと香りの成分も造りだします。ですから、発酵中のタンクの表面は炭酸ガスで造られた泡で覆われます。丁度、ジョッキに次がれた生ビールのような状態になるのです。

ところで、日本酒もビールもワインも酵母がその原料になる液体(モロミと言います)の糖分を酵母が体内に取り込んでアルコールと炭酸ガスと香りを造りだして出来る「醸造酒(じょうぞうしゅ)」というジャンルのお酒です。原料が異なるのが一番の違いですが、それ以上に日本酒とビールやワインと大きく違う点があります。それはビールやワインは酵母を入れる段階で「モロミ」に含まれている糖だけを取り込んで発酵するのに対して、日本酒はデンプンが大量にある状態で酵母を入れるという点です。日本酒は麹菌が蒸米のデンプンを徐々に糖分に変えて行きながら、その糖分を酵母がとりこんでゆくという複雑な発酵を行います。少し難しいのですが、このような日本酒独自の発酵を並行複発酵と言います。それに対しビールやワインの発酵を単発酵と言います。日本酒造りは世界中のお酒の中で一番複雑な酒造りなのです。

並行複発酵の日本酒造りでは麹菌がデンプンを糖に分解する働きと酵母が糖を取り入れてアルコールや炭酸ガスを造る働きのバランスを取りながらモロミをコントロールしなければなりません。ここに日本酒造りの難しさがあるのです。

特にモロミの温度の管理には非常に気を使います。通常の日本酒を造る場合はモロミの温度が12〜15度になるように管理しますが、実はこれが難しい。というのは麹菌や酵母が活動する事でモロミの温度が上がってしまうからです。また、冬と言っても時には最低気温が氷点下10度近くまで下がる日があると思えば、最高気温が10度を超える暖かい日もある訳です。モロミの温度を下げるには蔵の窓を開けたり閉めたり、また発酵タンクの周りに螺旋状に巻かれたパイプに温水を通したり、冷水を通したり、氷でタンクの周りを囲ったりして行いますが、どんな方法で行っても一度変化した温度を目標の温度に戻すのは並大抵の事ではありません。気温の変動の先を読みながら先手・先手をうって対処しなければ美味しい酒は出来ないのです。これが吟醸酒や純米吟醸酒、更には大吟醸系の酒となればモロミの温度を10度から10.5度で保たなければなりません。1度下がれば発酵は停止し、1度上がれば大吟醸酒独特の上品な風味が出なくなります。まさに生まれたての赤ちゃんを育てる以上に神経を使う日々がひと月以上続くのです。

こうして発酵が終わったモロミは朝の袋に入れて搾られます。一般の日本酒は搾り機にこの袋をセットして圧力を掛けて搾られますが、大吟醸酒などはこの麻袋を梁(はり)に吊るしたり、槽(ふね)と呼ばれる船の形をした酒を搾るための台に置いて、自然に垂れてくる雫だけを使う事もあります。しかし、この場合も時々利き酒をしながら香りと味わいが最上と判断された状態のお酒だけを取り置きします。こうした搾り方をしたお酒は槽(ふね)掛け、袋取り、無加圧あるいは雫取り等とラベルに表示されています。品評会に出品する大吟醸酒はほとんどがこのような方法で搾られます。

お酒を搾った後に麻袋に残った乳白色の板状の固形物が栃木の郷土料理「しもつかれ」に無くてはならない酒粕です。酒粕にはお酒にならずに残った米と麹で、更に酵母由来のアミノ酸がタップリ含まれています。

これで一応の酒造りの流れの説明を終わる事にします。しかし、日本酒造りは本当に複雑で精緻な作業の積み重ねで、書き足らない事がまだまだ沢山あります。何気なく飲んでいる日本酒が生まれる陰に蔵元さんや杜氏さんをはじめとする蔵人さんの細やかな工夫や心遣いとたゆまぬ努力がある事を感じていただければ幸いです。

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小川 素市

PROFILE

小川 素市(おがわもといち)
新川屋(しんかわや)酒店三代目。61才。
酒の話になると止まらないという噂も。

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